スマイルドーナッツの雑記

思いついたことを勢いで書き殴っていきます。

※自己紹介と出演依頼について

はじめまして!スマイルドーナッツと申します。自己紹介ということで、本業とは別に現在行っている活動を以下に示していきます。

 

■パフォーマンス活動

ボランティアでマジックやジャグリング、パントマイム、バルーンアート、マリオネットなどの出張パフォーマンス活動をおこなっております。

出演依頼はこちらへ  ・・・スマイルドーナッツの個人サイト

 

また、それらの技術を複合して、創作チックなパフォーマンスも作っております。

こちらに置いておきます・・・創作チックなパフォーマンス置き場

 

■創作活動

あくまで自己満足で、情緒的な作品を作れるように、絵や音楽、言葉を使った表現など、日々あらゆる表現手段に手を広げております。

 

何卒よろしくお願い申し上げます。

成長のため、心に留めておいたほうが良い考え方 ver1

成長のため、心に留めて置いたほうが良いと思った考え方を列挙していきます。様々な人の発言を咀嚼して、短文にまとめました。勢いで列挙したので、マニアックな考え方も紛れてます。自分のために作った備忘録的なメモですが、少しでも共感できる内容があれば嬉しいです。

 

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努力が報われるとは限らない。どうせ努力するなら自分の適性を見極め、適切なタイミングで、効率的に。結果の出ない努力は徒労。

 

・目の前に勝てそうにない強大な敵が現れた時は逃げてもいい。逃げて逃げて、逃げた先の敵が勝てそうなときは、戦う。そうやって少しずつ自分のレベルを上げていけば、いづれは最初に現れた強大な敵に勝てる時が来る。

 

嫌なことはやらない。無駄な苦痛はさけよう。好きなことをやる。好きなことは高いパフォーマンスを発揮する。成功の近道。『まあやってもいいかな』くらいのことはメリットが多いならやる。

 

・好きなことだから続く。逆に、脳は続けたことを好きになる。続けることで脳を騙す。

 

他人と比較する必要はない。自分の中でレベルを設定して、よい行いをした時、自分の中のレベルが上がったことを実感する。

 

リスクヘッジ。1つの物事だけに集中せず、分散させる。自分にとっての避難場所をいくつか作ることで、最悪を回避する。

 

・我慢は負の感情を生み出す。己のためにも相手のためにも我慢しない。

 

・先延ばしにしそうなときは、とりあえず『ほんの少し』でもいいからやってみようと思うことが大事。『ほんの少し』が爆発的な集中力を生み出す。

 

劣等感を持つのは悪いことじゃない。劣等感を解消するために、それをバネにして行動することが重要。

 

・活動場所を広げることで、視野は広がる。あらゆる視点で物事を見れるようになると、余裕につながる。

 

・人は無意識に他人より上に立ちたいと思うもの。どうしても上を見てつらいときは、想像の中なら『~よりはましだ』と下を見て、安心するのもよいこと。

 

何もかも気にしないで没頭する(フロー状態)。自分なりの没頭方法を見つけて、高いレベルのチャレンジをおこなう。自己実現欲求を満たす最高の幸福。

 

・人間の時間は有限。何かを選択することは何かを諦めること。

 

しつこさが足りないことは多い。伸び悩む時期もあるが、諦めない。焦らず淡々と試行錯誤を続けることで、伸び悩みの壁を乗り越え(ブレイクスルー)急激な成長を遂げる時が必ずくる。

 

・必要があれば、ちっぽけなプライドは捨てて、あるがままの自分を見せる。相手も安心して、あるがままを見せてくれる可能性は高まる。そうやって仲間を作り、切磋琢磨して成長しよう。

 

失敗したっていい。何事もトライアンドエラー。どんな人でも失敗なしに成功することはない。

 

・己が信じる『人のためになること』をする。その結果なら、多数の中の少数の人に嫌われても気にしなくていい。

 

『心で忘れて頭で覚える』。くよくよと悩まず、あくまでもシステマチックに理解する。

 

 

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『成長することの楽しさを知ってほしい』という願いを込めながら、書き殴りました。書くことが楽しくて、没頭していたと思います。人間は変化に反応する生き物、一緒に成長という変化を楽しみましょう!

 

 

 

 

 

趣味を嗜んでいても、その業界には身を置かないという選択

今回は、特定の排他的な趣味の業界の話をします。

 

趣味の業界にどっぷりと身を置いた後に、その業界から離れると、業界独自の価値観にとらわれていた時間が、勿体ないと思ってしまうことはありませんか?

 

趣味の業界の価値観は、たいていの場合、各々の業界の発言力が強い人達によって自然と作られるものだ。

 

それは発言力の強い人にとって有利な価値観なので、個人的には大多数の人間が従う必要はないと思う。

 

ただ人間は何かに縋りつきたくなるもので、大多数の人間が、作られた価値観に従ってしまう。何より恐ろしいのは、発言力が強い人の価値観だけが正義だと思い込んでしまう人の多いこと。

 

でもね、それらの価値観は、業界と関係ない第三者の目線で見ると、面白いこともありますが、呆れるくらいどうでもいいことも多いのですよ。第三者から見てどうでもいいことなら、いくら業界内では多数派の価値観であろうと、面倒なことは従いたくないものです。

 

同調圧力はできるだけ避けたいもの。発言力の弱い人が、各々の業界で生きていくには『郷に入っては郷に従う』ことなしに、円滑な人間関係を築き上げるのは難しい。ただ、我慢して従うくらいなら、関らない方が有意義な気がします。

hrkbb914.hatenablog.com

上の記事では、視野を広げることの重要性を書きました。理想論ですが、もっと多くの人に視野を広げてもらいたいという願いがあります。

 

視野を広げることができないために、多様な価値観を認められないのは問題だと思いますが、視野を広げた結果、多様な価値観を認めないという価値観はありです。人生の中で、絶対の価値観を手に入れた人もいるでしょう。

 

趣味の業界は、多様な価値観を認められない人や認めない人が多い。いくらありとは言っても、僕はそんなところに居心地の悪さを感じます。

 

わざわざ居心地の悪い場所にいる必要はないので、相性が悪い場合、本気で趣味を嗜んでいても、その業界には身を置かないという選択をしています。

 

意外と我慢している人、多いんじゃないですか?業界に身を置かなくても、趣味を続ける方法はいくらでもあります。自分で居場所を作るのも楽しいですよ。

 

反出生主義について

僕はそれなりの年齢ですので、結婚の話をすることがあります。結婚について、現段階では自分自身の結論が出ていませんので、適当に『何でもいいんじゃん派』を演じることが多いです。『何でもいいんじゃん派』ですから、あまり現実的でない一夫多妻(一妻多夫)や事実婚週末婚など様々な提案を、男女問わずするのですが、やはり否定的な意見は多いように感じます。

 

考え方が多様化してきた現在でも、『結婚=1人の異性と家庭を持ち子供を育てる』が主流ですので、それ以外の提案は攻撃を受ける可能性があります。

 

今回はそういった主流から大きく外れるお話をしますので、あらかじめご了承ください。結婚どころか恋愛もしたことがない人間の話ですので、ガキの戯言だと思って適当に読み飛ばしていただけると助かります。

 

今回の記事では「反出生主義」について、全面同意ではありませんが、納得のいく部分はある思いましたので、紹介させて頂きます。

 

■反出生主義とは

反出生主義 - Wikipedia

出典によって細かな違いはあるのですが、大まかな概要としては、子供を持つ事に対して否定的な意見を持つ哲学的な立場である、といった主義のことです。

 

■反出生主義では、なぜ子供を持ってはいけないのか

『不幸の最小化』を主張しているのだと思います。どれだけ幸福な人生でも予期せぬ不幸はあり、不幸を完全に取り除くには、人は子供を持ってはいけないといった考え方。

 

■僕の立場

飲み会などの大衆の場では『総体としての幸福の最大化』を強く主張しています。これはざっくりいうと、1人不幸になっても100人が幸福になれば、全体としては幸福だよね、という考え方。ごくごく普通で比較的主流の考えですから、受け入れられることは多いです。

 

ですが頭の中では『不幸の最小化>総体としての幸福の最大化』です。

 

僕は死恐怖症(タナトフォビア)の傾向がありまして、死ぬことは最大の不幸とまでに感じています。また、生きているうちに幸福もありますが、現段階の総量としては体感では『不幸>幸福』です。『不幸>幸福』な一生をおくる人間は存在するようです。僕自身は現段階で、結論を出すのは早いですが、その可能性はあります。

 

これだけ不幸に毒された人間ですから、幸福の重要性について盲目になっているかもしれません。また、不幸について気にしすぎているからバイアスがかかり『不幸の最小化』を重要だと思い込んでいる可能性もあります。

 

ですので『反出生主義』については、現段階で全面同意はできないが、納得のいく部分はあるという立場です。

 

■子供を持つことに対しての持論

全員が『反出生主義』の主張を取り入れる必要はないと思います。『不幸の最小化』よりも幸福の方が重要だと考える人は多いでしょう。

 

しかしながら『反出生主義』とは少し異なる持論ですが、『不幸>幸福』の可能性が高い人間は、子供を持つことについて懐疑的になる必要があると考えています。

 

自分は『不幸>幸福』だけど、子供は『不幸<幸福』にできるという自信は僕にはありません。『不幸>幸福』の傾向を持つ人間が、子供を持った時、その遺伝的性質が受け継がれる可能性があるからです。

 

■最後に

人生において幸福と不幸は切っても切れないもの。現段階では結論が出ていないですし、今後も出ることはないかもしれませんが、一石を投じることができるよう精進いたします。

 

 

 

インターネットにおけるコミュニケーションの形と将来

※このブログの方針変更について

このブログの当初の目的は、ボランティアパフォーマーとしての経験による考えの発信と依頼受付サイトのSEO検索エンジン最適化)対策が目的でした。最近、読者登録をして下さった方がおりまして、それをきっかけに調べたところ、『はてなブログ』はSNSのようなコミュニケーションツールとしての側面が想像よりも大きいと知りました。読者登録をきっかけに、何人かの方と知り合う機会ができたという、予期せぬ副次的効果もありましたし、コミュニケーションツールとしての側面を考えても、現在はボランティアパフォーマーとしてだけではなく僕個人としての考えを、以前よりも多く発信することが適切だと考えるに至りました。

 

■影響を受けた記事

さて、今回の本題ですが以下の記事の影響を受けています。

kabotyatotuzen.hatenablog.com

僕の言いたいことは大体書いてあります。今回はインターネットにおけるコミュニケーションの形と将来についてお話ししようと思います。

 

■コミュニケーション手段の移り変わり

愚か者は己の経験のみを妄信し、賢者は己と他者の経験による分析データを元に学ぶ。ビスマルクの言葉を雰囲気だけ残して、超改変しました。どうかおゆるしを。

 

人間のコミュニケーション手段というのは時代とともに移り変わるものです。どのようなコミュニケーション手段にもメリットとデメリットはありますが、デメリットだけを掲げて新しいコミュニケーション手段を排除していては、時代についていけなくなります。それでも『ネットは危険だからやっちゃダメ』という声がそれなりに多い時代もあったように、時代の流れを理解しようとしない方が多いのは、己の経験のみを妄信している可能性があります。必要なのはメリットとデメリットを考慮に入れて適切な情報を提供することです。

 

■僕個人の話(個人的な話の上に長いので、一例に興味のない方は飛ばすこと推奨します。)

最近学生の間で『lineいじめ』なるものが、問題となっています。

 

僕は中学時代に『学校裏サイト』といった、在学している学校の学生が匿名でコミュニケーションをとれるWebページの、広報活動と運営しておりました。匿名掲示板である2chと同様に、人は匿名であるがゆえに攻撃的になる性質があります。(この性質は証明されていますので興味のある方は検索してみてください。)当然の如く、悪口を書き込むなどの『いじめ』は発生しましたが、当時の僕は悪いことをしているとは思っておりませんでした。人の本質を見たようで恐怖はしましたけど。

それから少し時がたち、問題は深刻化して、この『学校裏サイト』がクラッキングされる事で、先生方に僕が運営しているというのがばれまして、始末書すれすれの事態にまで発展しました。

先生方は悪口を書いた方への指導よりも、僕に始末書をちらつかせる事でWebページを削除させれば、事態は解決するとふんだのでしょう。

僕は削除しても『いじめ』はなくならないと考えていましたが、結果的には先生方の目論見どうり事態は沈静化しました。それだけ匿名であることのデメリットは大きなものだったと考えられます。

 

それからだいぶ時が経ちましたが、当時のことは、情報の受け取り方を知らない方が多数派の、多感な学生が多い中で、『学校裏サイト』の広報活動をしたことに対し猛省しております。

 

今回の事例では事態が鎮静化しましたが、実際には前略プロフィールmixiなど各々のコミュニケーションツールで弱い『いじめ』は発生していました。それぞれのツールでデメリットは存在します。現在の『lineいじめ』も同様にlineであるが故の問題点はあります。

 

状況によってはコミュニケーションツールそのものを排除することも必要です。しかし、ツールを完全に淘汰することができないことを考えると、排除すること以上に、ツールのメリットとデメリットを知り、コミュニケーションにおける人間の性質について理解することが重要だと思います。

 

メラビアンの法則

メラビアンの法則とは、発信された情報のうち、限定条件下で人が重要視するものの割合です。

・視覚55%

・聴覚38%

・言語7%

対面でのコミュニケーションの場合、例えば

『笑顔かつ、さわやかな声で、お前バカだな』と言われれば微笑ましいですし、

『目線をそらして、棒読みで、あなたは素晴らしい』と言われれば発言を疑いたくなります。

このように3つの要素が矛盾した条件下では『視覚、聴覚 > 言語』となります。

現状のインターネットを用いたコミュニケーションでは、視覚と聴覚による情報が少なく言語がメインとなることが多いです。このため、言葉をそのままの意味で受け取ってしまうことになります。インターネット上で『お前バカだな』と言われれば、攻撃的な印象を受けることになりますし、『あなたは素晴らしい』と言われれば悪い気はしないと思います。

このためインターネット上では、通常のコミュニケーションよりも詳細な言語表現を用いるか、絵文字や画像などの視覚情報を駆使するなど、意識して工夫をしなければ、誤解を生んでしまう可能性が高いといえます。

 

前述の匿名掲示板のような場所では、匿名であるが故の人を攻撃的にさせる性質や、言葉をそのままの意味で受け取ってしまうことによる誤解があるため、発信する側と受け取る側の双方が、細心の注意を図る必要があります。

 

■コミュニケーション手段の将来

コミュニケーションツールの選択肢は、今後も増加し細分化していくと考えています。そんな中で増加したツールにより、コミュニケーション手段は変化していくことしょう。

 

SNSによる視覚情報のコミュニケーション

現在インスタグラムやフェイスブックという写真を投稿することでコミュニケーションを図るSNSが流行しています。今まで視覚情報のみのコミュニケーションは芸術や表現、手話の世界くらいのものでした。今後これらのSNS文化が浸透していけば、写真による視覚情報のみのコミュニケーションも更に一般化するのではないかと推測します。

 

・VRによる感覚情報のコミュニケーション

SFの世界では、仮想空間でのコミュニケーションが表現されていますね。VRが普及し、仮想空間でのコミュニケーションツールが誕生して普及すれば、リアルとSNSの境界が消滅し、SFの世界のような独自のコミュニケーション手段が生まれると推測します。まだ当分先の話だと思いますが・・・

 

上記のものは一例ですが、様々なコミュニケーション手段の変化が想像できると思います。皆さんはどのような変化を想像しますか?

 

■最後に

増加する新しいコミュニケーションツールと、変化するコミュニケーション手段についてのメリットとデメリットを知り、コミュニケーションにおける人間の性質について理解することで、自分の居場所を有利に作ることができると考えています。

 

僕は不器用なので、コミュニケーションで誤解を与えてしまわないよう、恐縮しながら頑張ります。生まれたての小鹿のような人間ですが、今後とも、よろしくお願い申し上げます。

 

 

ADHDは天才なのか①

最近インターネット上で、発達障害ADHDという症例を目にすることが増えました。

そもそもADHDってなんだって方は興味がありましたら、以下のWebサイトを拝見してみてください。「ADHD」と検索してみるのも良いかもしれません。

ADHDとは?|どんな症状なの?|大人のためのADHDサイト

 

ざっくり言うと、落ち着きがなくてぼけっとしてて衝動的で色んなところでミスりまくり障害。ざっくりしすぎてて誤解を生む可能性がありますね、これ。短文で物事伝えるの難しい。


ADHDについては、ネット上に分かりやすくてレベルの高い情報がいくらでもありますから、今回は僕個人のブログとして、実体験を通したお話もしようと思います。


■急速に広まるADHD
仕事でミスが多い、ルーティンワークが苦手、遅刻が多いといった、不注意的な症状の多さから、自分がADHDだと疑いをもつ方もいるかもわかりません。実際にはADHDの傾向があると診断され、ADHDほどではないという方も多いようです。

患者数は平成23年には1万7000人だったのに対して、26年には4万8000人と異常ともいえる速度で増加しています。一番の理由は認知度の向上ですが、何らかの陰謀を感じるレベルの速度です。


ADHDは天才?
それだけ患者数も増え、認知度も向上してきたことで、ADHDは天才なのではないかとの声も挙がってきています。ADHDの症状は裏を返すと強みに変わることもあるからです。以下に示します。

脳が多動→独特の発想力、連想力、想像力など(何故こうなるかは今後お話します)
衝動性→行動力、新規追求性がある、など

 


■僕自身の話
記憶があいまいな上、バイアスは間違いなくかかっていますが、ご了承ください。

僕は一時的(3ヵ月くらい)にADHDの症状の診断項目に、殆どすべて当てはまるような状態になっていたことがあります。実際にはADHD発達障害のため幼少期から症状があることが前提となりますので、ここではADHDらしき症状と命名しておきます。

思い返せば寝不足がトリガーになったような気がしますね。特に苦しかった症状をいかに示します。


・極度の寝不足状態でなければ眠れない
・椅子に数秒程度しか座っていられない
・聴覚過敏で会話ができない
・視覚過敏でコンビニやスーパーの眩しい光が耐えられない
・いかれた様に衝動買い


文章に表すといかれ具合が分かりますね。この症状が一体何だったのか、未だに分かっておりません。ですがこのADHDらしき症状を、短期的にでも経験できたことで、ADHDの方が天才と言われる所以を、身をもって知ることができたように思います。

上記の症状も裏を返すと強みになることに気づきました。


・極度の寝不足状態でなければ眠れない→寝ないでも行動できる
・椅子に数秒程度しか座っていられない→エネルギッシュに行動できる
・聴覚過敏で会話ができない→様々な会話が断片的な情報として頭に入る
・視覚過敏でコンビニやスーパーの眩しい光が耐えられない→暗いところで行動できる
・いかれた様に衝動買い→経済が回る

 

少しきつい冗談が入ってますね。すみません。

 

最も貴重な経験としては、これらの症状が複合的に組み合わさることにより、様々な事象が組み合わさり、独自の世界観が自動的に生成されていく現象を体感することができたことです。

 

 

ADHDの人が天才と認知されるには

ADHDの人が実社会で天才といわれる様になるには、その特性を生かした上で、能力を駆使した結果が、社会に認知される必要があります。

例えば芸術家になる場合、ADHDの方には独自の発想力、空想力、想像力がありますが、それだけでは駄目で、それを形にする能力や環境と、社会に認知される能力や環境が最低限必要です。

 

■最後に

正直なところ今回の話だけでは論拠は薄いのですが、ADHDの方は天才たる素質はあるが、個人の能力や環境次第と考えています。ですから今後も、実体験の話や少しだけ専門的な話を通して、今回の話を掘り下げていく予定でございます。

 

 

 

 

オーバードーズをやるなら法に触れない範囲で節度を守って

meshigakuitai.hatena

読者登録で、知り合った方のブログで興味深い記事が投稿されたので引用させていただきます。

 

上記のブログではオーバードーズについて、どちらかと言うと否定的な意見が多いと思うのですが、『なんとなく』否定している人が多いという事に驚きました。日本の教育では詳細な薬物についての教育がなされていないので仕方ない一面もあるかもしれません。

 

まずはオーバードーズについての僕の立場をはっきり書かせていただくと、『法に触れない範囲なら節度を守ってやればいい』という意見です。この節度というのが重要で、節度を守るためには多くの知識と適切な判断力が求められます。

 

ちなみに僕は節度を守れる自信がないのでオーバードーズはやりません。

 

ある意味肯定的とも思える立場ではありますが、『なんとなく』危なっかしいし違法っぽい行為ですから、肯定的とも思える立場というだけで否定されることも多いです。僕がなぜこのような立場になったのかをオーバードーズの問題点を踏まえて、お話ししようと思います。

 

・一時的な使用による危険性

オーバードーズを行う薬物によって異なります。合法ドラッグであるお酒も飲みすぎると危険なように、個々の薬物にもオーバードーズ可能な上限があります。薬物の成分を把握し、その分量や効能、副作用、相互作用などを総合的に判断してオーバードーズを行えば、臨床的なデータがないため自己責任にはなりますが、必ずしも危険であるとは言えません。

 

・常習化による依存、耐性などによる危険性

オーバードーズを行う薬物により異なります。一時的な使用による危険性よりも多くの問題が付きまといますし、特に危険なのは依存してしまうと人間の意識レベルではどうにもならない可能性があることです。それでも、生活の質の向上など何らかのメリットと危険性というデメリットを天秤にかけて、前述の総合的な判断を行うことができる能力があるのなら、ありだとは思います。

 

ゲートウェイドラッグとしての側面

嗜好品をたしなんだことのない僕の考えなのであてにならないかもしれませんが・・・

ゲートウェイドラッグってのは他の薬物乱用の入り口になるのではないかといった考え方。詳しくは知りたい方は調べて下さい。今回の場合、合法から違法への入り口となりえる可能性を考えます。全くベクトル違う効能の薬物に関しては、人間は自分の知らないものへ迂闊に手を出さないといった危機回避能力から、心理的なバリアが働くと考えています。また、ベクトルが同じであっても、通常の人間は違法なことは、自分にとって多大な不利益が生じる可能性があるため、ここでも心理的なバリアが働くと考えています。このことから、オーバードーズにより違法薬物へのハードルは下がるが、通常は心理的なバリアが働くため、そこまで気にしなくてもよいと考えるに至りました。データがないので、あくまでも僕の考えだということをご理解ください。

 

僕は医薬品に関する多くの話を伺い、調査した結果、『法に触れない範囲ならば節度を守ってやればいい』という考えに至りました。ただし、その節度というハードルはとても高いと言うことを、ご理解いただけると助かります。

 

個々の成分に関する専門的な話をするときりがないので、今回は割愛しましたが、『なんとなく』違法っぽい、『なんとなく』危なそう、という批判は、お互いに利益を生み出しません。明らかに誤った批判は全く別の問題を生み出す危険があることも理解したほうがよいと思います。